地方国立大学に文系学部は必要かー「IDE現代の高等教育」No.575 特集:文系の危機を読む(10)

「IDE現代の高等教育」No.575

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「IDE現代の高等教育」No.575を読む。第10回目です。

今回は「地方国立大学に文系学部は必要か」藤田達生氏(三重大学教育学部長・大学院教育学研究科長/歴史学)です。

筆者なりにまとめた内容です。

では、ご紹介しましょう。

地方国立大学に文系学部は必要か 藤田達生

はじめに

  • 近い将来、地方の高校生が文系学部に進学しようとすると、その大部分が東京や京都をはじめとする大都市圏の大学を受験することになるのかもしれない。
  • 人類は、現状を改善し未来をめざす理系の応用学問のみに依存してきたのではない。我々の将来は、深い内省と高い倫理によって方向付けられるべきである。

1.文系学問の継承

  • 文系大学院の博士課程修了生たちの就職先が相当に狭まるであろうことが、まっ先に頭に浮かんだ。
  • 有力国立大学は1990年代から大学院への重点化を進めた。
  • 大学院重点化は、一部の国立大学のみに許された特権的な生き残り策だった。
  • 十分に予想されたにもかかわらず政府が就職先の増加に努めなかったため、文系を中心とする博士課程修了者を大量に生み、若手研究者に深刻な就職問題を引き起こした。
  • 地方国立大学出身の院生の多くは、重点化大学大学院の定員充足要員、つまり「お客さん」として迎えられたに過ぎなかった。
  • 下村通知によって重点化大学の文系大学院も衰退していく。
  • 大学院重点化で大量に生み出された博士課程修了生が行き場を失い、そのあおりを受けて博士課程進学者が減少し、文系学問そのものが衰退していく可能性は高い。

2.地方文化への影響

  • 下村通知によって地方の発信拠点が縮小・廃止されれば、育ちつつある本格的な地方文化の芽も壊死しかねない。これは、地方再生を打ち出している政府の方針と矛盾しないのであろうか。

むすび

  • 地方国立大学は、淘汰の時代を迎えたのかもしれない。生き残りのための動きが、特定の業界との癒着を生み、大学の不健全化を誘発することを危惧する。
  • そもそも国立大学では、利潤とは縁のない基礎研究を充実させ、金になる応用研究は企業に任せるべきではないのか。
  • 日本の高等教育の方向を誤らせないためにも、内省と倫理に拘ってきた文系学問を軽視してはならない。

感想

「国立大学に文系学部は要らない」というには、その代償はあまりにも大きいように感じました。

真摯に教育・研究に取り組んでおられる地方国立大学を、むしろ支援しなければならないのではないか。

これまでの文系学部の教育に問題と課題はあったかもしれませんが、それを「切る」という行為には疑問をもたざるを得ません。

そう感じた論考でした。

 

⇒第11回:企業からみた文系学部 永里善彦を読む。

【目次】文系の危機―「IDE現代の高等教育」No.575 2015年11月号を読む

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大学職員ブロガーです。テーマは「大学職員のインプットとアウトプット」です。【経歴】 大学卒業後、関西にある私立大学へ奉職し、41年間勤めました。 退職後も、大学職員の自己啓発や勉強のお手伝いをし、未来に希望のもてる大学職員を増やすことができればいいなと考えています。【趣味】読書・音楽(主にジャズとクラシック)・旅 【信条】 健康第一であと10年!

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