日本の大学:危機を越えて|苅谷剛彦氏の大学行政管理学会基調講演から

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苅谷剛彦「高等教育の“日本病” グローバル化に乗り遅れた日本の大学」(2)

2015.09.23

苅谷剛彦「高等教育の“日本病” グローバル化に乗り遅れた日本の大学」(1)

2015.09.23

はじめに

この数年でもっとも衝撃を受けた講演が、今回紹介する苅谷剛彦氏のものです。

大学行政管理学会(JUAM)の2011年度定期総会・研究集会の基調講演として、2011年9月3日にホテル金沢で行われたものです。

苅谷氏は現在オックスフォード大学の社会学科および現代日本研究所教授としてご活躍中のようです。

すぐれた著作も多数あります。ぜひお読みください。

それではご紹介しましょう。

日本の大学:危機を超えて

日本の大学教育の位置づけ

グローバル化

  • 日本の大学の危機
  • 日本社会の危機

「分かっていてもやめられない」それはなぜなのか?

  • 今まで続いていた仕組みが機能しなくなっているのかもしれない。
  • 自助努力では変われないのか?
  • そもそも変わる必要があると思っているのか?

世界の高等教育で起きていること

  • 先進国グループと呼ばれた国々だけではないところで高等教育が拡大している。

日本の大学の課題

不思議な日本の大学

  • 大学教育は3年間。
  • 就職の際に大学で学んだ内容が問われない。
  • 学歴インフレーションが生じない。修士のメリットがない。

大学生の学習時間

  • 大学生の8割が自主的に勉強していない、学んでいない。
    →教員が学生に何を課すかによって数字は下がる。
  • 大多数の大学生が受けている教育は、ただそこに座って話を聞くという教育
    →読まずに、書かずに、聞くだけの授業。
  • 基本的な授業の構造、教育年数、成績評価、学生に何を学ばせるかということは一向に変わっていない。

大学は手足を縛られている

  • (私学にとって)学生を集めるためには優れた就職実績を示さなければならないから、4年間みっちり教育することは、できるわけがない。

企業が変わらない限り大学も変わらない

  • グローバル化しているのに、就職の基本的な仕組みが変わっていない。

これが変わらないと大学教育が3年間というのも変わりませんし、その中で問われる大学教育の中身も変わらない。

そうであるとすれば、どの大学に入るかということだけが依然として重要で、しかも大学院なんかに行ったら損をしてしまいますから、大学入試のところでなるべくいいところに入って4年間でできるだけ効率よく(楽をして)単位を取って出るということが最も合理的なビヘイビアになるわけです。

  • 黒船というのは、日本の主要な企業が外国人や留学生を採り始めたときに始まる。

まとめ

私なりにまとめると、以下のようになります。

  • 企業は、古い就職の仕組みを変えなければならない。
  • 大学は、学生に自主的に学ぶようにしなければならない。

田中成明氏は、
「学生の主体的学修の実効的な促進のためには、適切なテキスト・教材の作成・選定や参考文献のリーディング・アサインメントなど、自主的な事前準備・事後展開の支援が重要性をもっていることが十分に認識されていない」[注1]
と述べておられます。

大学も企業も、「そもそも変わりたいと思っているのか?」という厳しい問いを突きつけられているように感じました。

[注1]田中成明「巻頭言 大学教育の質的転換と人材養成の課題」、『IDE現代の高等教育』No.569、2015

出典:苅谷剛彦「ニッポンの大学:危機を越えて」、『大学行政管理学会誌』第15号、2012

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大学職員ブロガーです。テーマは「大学職員のインプットとアウトプット」です。【経歴】 大学卒業後、関西にある私立大学へ奉職し、41年間勤めました。 退職後も、大学職員の自己啓発や勉強のお手伝いをし、未来に希望のもてる大学職員を増やすことができればいいなと考えています。【趣味】読書・音楽(主にジャズとクラシック)・旅 【信条】 健康第一であと10年!

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