「IDE現代の高等教育」No.575 特集:文系の危機を読む(8)
今回は「「人文」の力―金素雲『朝鮮詩集』による経験から」。著者は芳賀 徹氏(東京大学 名誉教授/比較文学・近代日本比較文化史)です。
同氏の愛読書である韓国の詩人金素雲による訳詩集『朝鮮詩集』(岩波文庫)からの引用に始まるすばらしい論稿です。
概要
この隣国の人々に敬愛や親愛の念が消えないことについて、
- 昔の留学生たちや同僚たちといまも心をかよわせている。
- 自己の最高の宝を支配国の言語に移してこの国民に誇らかに示そうとした金素雲のような文藝の士が存在した。
からであり、外国についても「人文教育」が、二十一世紀のグローバル化の世界には不可欠と述べておられます。
ではご紹介しましょう。
なお小見出しは私がつけたものです。
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金素雲『朝鮮詩集』
- 韓国の詩人金素雲(1908-81)による訳詩集『朝鮮詩集』(岩波文庫)
- 千数百年におよぶ日韓文化交流の長い歴史の上でもきわだって深い意味をもつ書物
- 西洋近現代詩の名訳詩集とならんで、日本近現代詩の上でも傑出した異国からの寄与
- 「亡国」の時代であったからこそ、朝鮮詩人たちは自分の魂の奥底を見つめて、そこから人間普遍のこの悲しみの声を聴きとってハングルに綴ったのか、とも思わざるをえなかった。
- 朝鮮の地に古来深く宿る詩魂は、いま日本に学んだ近代詩の語法によって、この傲慢な植民地支配国日本に「清泉」の水を浴びせ、アジアの詩心の高貴さをもう一度自覚させようとしたのだ。
徹底した文系の教育こそ、最良で究極のよりどころ
- 政治面ではたちまち対日遺恨を炎上させてしまうこの隣国の人びとである。だが、それでもなおあの人々に対して、私の心には敬愛や親愛の念が消えない。
- 国際交流、異文化理解、あるいはグローバリゼーションと、日々異口同音のごとく唱えあいながらも、その相互「理解」の最奥部には、相手国の言語、文学、美術、藝能、すなわち文化と歴史に対する親密な知識とそれに根ざす敬愛の情がなければ、やがてすべては砂上の楼閣と化しうる。
- 自国の古典についての豊かな教養とそれによる自分の文化的アイデンティティに対する自信と誇りの養成が第一に緊要なのは、当然のこととして、外国についてもまったく同様の「人文教育」が、二十一世紀のグローバル化の世界にはいよいよもって不可欠だ。
- 自国・外国の言葉と藝術と歴史の教育、つまり徹底した文系の教育こそ、個々人の人格の豊かさを養成するのみならず、これからの世界における各民族相互の間の信頼をつちかい、ひいては日本の安全と平和を保証する最良の、究極のよりどころともなるはずである。
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「文化と歴史に対する親密な知識とそれに根ざす敬愛の情がなければ、やがてすべては砂上の楼閣と化しうる」という指摘は、教育に携わる人間にとって、つねに心にとめておかねばならないことです。
文・理系を問わず、専門教育と併せてこのような教養を身につけることが必要だと感じました。これが所謂「リベラルアーツ」ということになるのでしょうか。
⇒第9回:人文学の弁明ー国際哲学コレージュの危機からを読む。
【目次】文系の危機―「IDE現代の高等教育」No.575 2015年11月号を読む
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大学職員ブロガーです。テーマは「大学職員のインプットとアウトプット」です。【経歴】 大学卒業後、関西にある私立大学へ奉職し、41年間勤めました。 退職後も、大学職員の自己啓発や勉強のお手伝いをし、未来に希望のもてる大学職員を増やすことができればいいなと考えています。【趣味】読書・音楽(主にジャズとクラシック)・旅 【信条】 健康第一であと10年!
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